苦手なものと許容できるものの話

周りの人に比べて苦手なものが多いような気がします。

正確に言うと他人が平気なものがだめだったり、他人がだめなものが平気だったりすることが多いっぽい。


たとえば、ここのところ気になっている苦手なものを挙げると、

・叩く、殴るをはじめとした暴力

・サイレンや警笛、クラクションやブレーキ音。急な大きな音

・怒声や大声

・大きすぎる足音

・ニュース番組のコメンテーター(ざっくり)

・偉そうな言葉

・苛立っている人

・距離の近すぎる人。電車内などでもたれかかってくるやつ等

・感情的になりすぎる人。対応不能感がきつい

・明らかに差別的な発言

・専門用語の乱用・誤用(DNAとか進化とか遺伝子とか化学物質とか)


逆に大丈夫なものは、

・虫

・議論

・正論

・変な人(ざっくり)(無害なものに限る)

・新規なもの、自分と異なるもの

・時間を守れない人



実家に来てからというもの、テレビがかなり苦手で困ります。差別的発言、人を貶める発言、偉そうな人、曖昧な知識で決めつけてしまう人...挙げだせばキリがないくらいもやっとしています。

んでそんなテレビを好き好んで観ている家族とのあいだに埋められない溝をかんじる。。


こんなんいちいち気にしてたら身が持たないんだけど、実際身が持ってないのかなぁ。

怒鳴る人と接しないことは不可能だろうし、大きな音は街中にありふれているし、差別に無自覚な雰囲気は一定の層ではまだまだ支配的なように感じます。


人の考え方はなかなか変化しないもの。いまいる大多数の人の中では生きづらいと感じているとしても、これから社会を作ってゆく世代の中で生きてゆけるのなら、時間が解決する部分も大きいのだろうな。

自分を変えるべきか環境を調整すべきか、難しいところ。

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